アドニスたちの庭にて

    “散桜緑風”

 
終盤は結構寒かった冬だったのに、
それでも今年の桜は随分と早めに咲いて、あっと言う間に満開となった。
蛭魔さんが教えてくれたんだけど、
桜は一旦キュッと冷えることで花芽が目を覚ますのだそうで。

 『だから、関西よりも東京の方が咲き始めんのが早いんだよ』
 『うあ、そうなんですか』

東京より西というか南なのになと、前々から不思議に思ってたセナとしては、
思わぬところで知ることが出来た“掘り出し知識”だ。

 『…なんだ? そりゃ』
 『え? ですから、』

不思議だとか疑問だとか、あんまり思ってなかったこととか、
それほど知りたいとは思っていなかった蘊蓄とかを、
何かの拍子に知るのも、それはそれで悪くはないけれど。
どうしてなのかな知りたいなとずっと思ってて、
いつも答えを書き込みたい“引き出し”が用意されてたことが、
ほれと思いがけなく判るだなんて、

 『何だか此処んトコがじわって暖かくなるほど嬉しくてvv

そう言ったセナが、
まだどこか子供っぽい造作の小さなお手々を、
ぱふり、重ねて伏せたのが、
自分の胸の上だったりしたものだから。

 『…そういう仕草とか顔とかはな、
  奴ンだけ見せてろ、糞
(ファッキン)チビ。』
 『はやや〜っ☆』

どこから出したか、マシンガンの台尻でおでこグリグリをされてしまい。
居合わせた桜庭さんや高見さんに引き分けられたは良かったけれど、

 “何が何やら判らないままにされちゃったんだっけ。”

そこまでは割と機嫌よくお話ししていた蛭魔さんが、
何でまたいきなりの“乱暴モード”になっちゃったのだか。
突拍子がない人だってのは重々判ってたつもりだったけれど、
それでも何だか、あの時のは極端にも程があったような気がしたセナで。

 「…わっ。」

ふ〜むなんて考えながらの、気もそぞろで歩いてたせいか、
前兆があった筈なのにも気づけずに、
真っ向から吹きつけて来た風にお顔を叩かれ、あわわと目許をしばたたかせる。
幼稚舎から初等科、中高大学、大学院まで揃っている白騎士学園の、
そのほとんどの学部の正門が居並ぶがため、
とんでもない数の在学生たちがぞろぞろと登ってくことから、
地元では“白騎士坂”なんて呼ばれてもいる、長い長い坂の途中。
手前の高等部の正門へと駆け込んでった、
彼にしてみりゃ後輩格の生徒たちの中に隠れ切っていたほど、
ずんと小柄な彼ではあるけれど。
これでも立派な大学生です、小早川瀬那くん。
しかもしかも幼稚舎から通ってる身なのだから、
今の時期は思いがけない強さの突風が吹くことも、
重々知ってたはずなのにね。
それぞれの学部の門へとかかる、花の庇か笠みたく、
そりゃあ見事な緋色の枝が、上から順にゆらゆらと、
強い風に煽られ、揉まれて揺れて降りて来るのがまるで、
緋色の波濤がなだれ降りて来るよに見えるから。
それがとっても幻想的で綺麗だからと、
むしろ話途中でも気がついて、
その淡緋の波がやって来るの、夢見るようなお顔で待ち受けてしまうのに。
今朝に限ってはよっぽどぼんやりしていたか、
上手にお顔を逸らして眺むる呼吸さえ忘れての、
きゃあと身をすくめるばかり…だったのに。

  ―― ばさっ、と

確かに、大きな強い風が叩きつけるよな音はした。
坂の両側に並ぶ桜たちの梢も大きく揺れていて、
同じように大学の正門へ向かっていた周囲の学生たちもまた、
思わず立ち止まって風をやり過ごす気配がしていたし。
結構な大風が吹いたには違いない。
なのに、

 “…あれれ?”

それにしては、髪が少しほど撒き上げられたくらいで済んでおり。
こうまで油断していたからには、
ひどい時だと…坂の傾斜もあってのこと、
風に押され負けてのよろめいた末、
すてんと尻餅ついたこともザラだったのにね。
あれれと不審を感じて、それで、
お顔を そおっと上げたれば。

 「…無事か?」
 「進さん?」

ちょっぴりお顔が間近にあるよに見えるのは、もしかして、
大仰には見えないように、でも…セナへの楯になって下さって、
少しばかり屈んでらしてのことかしら。
いつもは もちょっと上に来るお顔とそれから、
いい匂いのする胸元とがすぐ目の前に来てるのが、
なんか…いきなりでビックリしちゃった。

  それと、

真後ろから襲い来た風に、少しばかり髪を乱されておいでなのが、
あやや、どしよか。/////////
何だか あのその、
ボクは男の子なのにね、
ドキドキして来るのはどうしてだろか。/////////

 「小早川?」
 「あ…あ、は、はいっ! とっても無事ですっ!」

思い切り大丈夫です、って、
なんか焦ってしまって、大きく振りかぶり過ぎたお返事しちゃったら。

 「…。」

特にお返事はなかったけれど、
でもね、あのね?
冴えた目許を少しだけ細めての微笑って見せて、
とっても優しいお顔になってくださったので。
それから、あのね?
風に掻き回された髪、ちょいちょいって直してくださった、
大きな手の温みが嬉しくて。


  講義は何時限目からだ?
  あ・えとえと、二時限目からです。
  早く来たのだな。
  はい、モン太くんと予習の約束をしてまして。


向かい合ったままでのお話しになったのは、
次の大風の気配を感じた進さんだったからかしら。
でもねえ……


 「あんな空気作って坂の真ん中に立ち尽くされると、後続者の迷惑なんだが。」
 「それをわざわざ、あの二人へ言えるお人がいると思いますか?」
 「正確には“進に”だろ?」
 「高等部時代だったら、蛭魔くんが蹴っ飛ばして注意して下さったんですけれど。」
 「…わざと持ち出してないか? 高見くん。」


悪戯な東風に はらはらほどけて散り初
めて、
そろそろ桜も葉桜へ移りゆく頃合い。
そんなこと知らないとばかり
春爛漫を堪能中の誰かさんたちへ。
新緑の季節を前に去りゆく桜に代わって…


  誰か何か言ってやったってくださいませ。
(苦笑)





  〜Fine〜  08.4.16.


  *相変わらず桜が大好きな筆者ですvv
   ソメイヨシノやコデマリの並木も好きですが、
   一本桜も威風堂々としてて好きvv
   そして大阪では、今日から造幣局の桜並木の通り抜けですvv
   桜前線は上越から東北地方を邁進中だそうですね。
   青森は弘前の桜を、
   必ずどこかで大々的に中継してくれるのが楽しみでvv
   浮かれた頭で書くとこうなるという、
   大学生になっても相変わらずな、皆様の近況でございましたvv


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